宇宙スープ

Once upon a time, the Universe expanded from an extremely dense and hot soup

なぜ肉食動物の肉を食べる習慣がないか?

現代では、肉食動物の肉を習慣的に食べる文化は世界中を見てもかなり少ない。
地域によっては犬を食べる文化が存在するが、食用の犬のエサは穀物なので、この場合肉食動物に該当しない。

肉食動物の肉は美味しくないと言われることがあるがどうもそうではないらしい。たとえば熊掌(ゆうしょう:くまのてのひら)は高級食材としても知られる。「銃・病原菌・鉄」の著者であるジャレド・ダイアモンドはライオン肉の味を保証できると記述している。

人間が肉食動物の肉を習慣的に食べないのは決定的な理由がある。
それは、食用に家畜化できないからである。
家畜化できないということは、狩猟採集方式以外に肉を手に入れる方法がないということ。
狩猟採集法では、一定以上の人口に持続して安定的に食糧を供給することができない。ゆえに人間のコントロール下に無い、供給が不安定な食材に頼る食文化は継続できない(もしくはメジャー化しない)。

 

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
 

「銃・病原菌・鉄」は、大型哺乳類の家畜化は実は相当に難しかったことを明らかにする。ある動物を家畜化に成功するための条件を7つ上げていて、そのいずれかでも当てはまらないと失敗すると言う。
その条件の1つに「草食動物であること」がある。
なぜ、肉食動物は家畜化できないのか。

肉食動物を家畜化できない理由は、肉を食べるからである。
牛や豚でさえ、毎日大量の穀物を食べる。高いコストで畜産した草食動物の肉を肉食動物に与えることは莫大に高いコストがかかることになる。

以下のデータから、草食動物を畜産するコストを考える。
Nutritional Requirements of Beef Cattle: Nutrition: Beef Cattle: Merck Veterinary Manual
http://www.explorebeef.org/cmdocs/explorebeef/factsheet_modernbeefproduction.pdf

  • 牛1頭の体重:600kg
  • 牛1頭が1日に必要なエネルギー:10.73MCal
  • 牛1頭を出荷するまでにかかる日数:20month = 600days
  • 牛の餌(大麦)の実質エネルギー:2.06Mcal/kg = 0.02MCal/kg

つまり、

  • 600kgの牛1頭を畜産するのに必要なエネルギー:6.4GCal*1
  • 600kgの牛1頭を畜産するのに必要な餌(大麦*2):312524kg = 312t*3

となる。

  • 牛1頭分牛肉のエネルギー:1.5GCal*4
  • 牛1頭で1日何人分のエネルギーを賄えるか:1000人*5
  • 牛1頭の畜産に必要な大麦で1日何人分のエネルギーを賄えるか:4292人*6

つまり、直接農作物からエネルギーを摂取する社会は、牛肉のみをエネルギー源としている社会に比べて4倍以上の人口を扶養させることが理論上可能である。

肉食動物を家畜化すると考えるとどうだろうか。
ライオンを例として、離乳から成獣になるまで2.5年間、1日5kgの肉を与え続ける*7と考えると*8、ライオン1頭を畜産するのに7.6頭の牛肉が必要となる。*9
ライオン1頭の体重はオス/メス平均して170kg程度なので、ライオン肉にどのくらいの栄養があるかは不明だが、仮に牛肉相当のカロリーがあるとするとライオン肉のエネルギー効率は牛肉と比較して1/30しかない。ライオン肉の価格はグラムあたり牛肉の30倍になるという計算だ。*10

もちろん家畜化できない理由はエネルギー効率が全てではないので、このコストを克服したとしても家畜化できるものではない。人為的に繁殖を促すことは相当難しいと思われる。実際、ほとんどの動物園では貴重な動物の繁殖に失敗し続けている。
重要なのは、陸上の二次元空間において単位面積あたりに存在できる植物の量は決まってしまうということ。それによって存在できる草食動物、ひいては肉食動物の数も決まるということである。
人間の居住範囲が広がることで絶滅種や絶滅危惧種の数が跳ね上がっているのは確実にそれと関係している。肉食動物を家畜化するとなると、そのエサを支える作物を栽培するためのさらに広大な農地が必要となり、自然が切り拓かれるだろう。それは野生の大型動物をもっと危機的な状況に追いやることも意味する。

*1:10.73MCal * 600days。生後6ヶ月間ほどは体も小さいうえミルクで育つため、10.73MCal * 600daysは全く正確ではない。が、母牛はミルクのため余分にエネルギーを必要とすることもあるので、簡単のため単純計算する。桁を外さない程度の正確さにとどめる

*2:牛の餌には6種類程度の原料が含まれるが、代表して大麦のみ与えると仮定する。大麦は牧草などと比べるとかなり高カロリーなので実際はもっと量が必要になる

*3:6.4GCal / 0.02MCal

*4:100gの牛肉を250kcalとして、2.5MCal * 600kg

*5:人間の1日のエネルギーを1500kcalとして、1.5GCal / 1.5MCal

*6:6.4GCal / 1.5MCal

*7:ライオン - Wikipedia

*8:家畜化の過程でコスト効率はもっと良くなると考えられるが、簡単のため野生のライオンで考える

*9:5kg * 912days = 4562.5kg。4562kg / 600kg = 7.6

*10:ライオンのエサをよりエネルギー効率が良い鶏肉にすれば改善は見込める