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宇宙スープ

Once upon a time, the Universe expanded from an extremely dense and hot soup

『労働生産性』をめぐる混乱をふまえて日本が知っておくべきこと

toyokeizai.net

日本の労働生産性が先進国中最悪の水準だというこの記事に対して、コメント欄が混乱の様相を呈している。ぱっと見、8割がたの人が「労働生産性」の意味するところを誤解している。「日本の労働生産性が低い」という命題から、「サービス残業」、「長時間労働」、「業務の非効率さ」などの問題を連想するようだ。この連想は、率直に言って的を外している。

労働生産性の定義

エコノミストにとっては、労働生産性という指標が以下のように見えているらしい。

  • 労働生産性 = 付加価値 ÷ 労働者数
  • 売上高 = 付加価値 - 変動費 = (経常利益+固定費) - 変動費

経営者のための経営分析手法 <第1回> 生産性とは 付加価値と付加価値労働生産性

ここで言う付加価値は、国の単位で言えばGDPに相当する。会計的には経常利益+固定費である。この数式を見ると分かるように、労働生産性を上げるためには、

  1. 労働者数を減らす
  2. 付加価値(GDP)を上げる

の2つの方法がある。

国の視点で見ると、「労働生産性をあげるために労働者数を減らす」というロジックは本末転倒である。「労働人口あたりのGDPが低いから、失業率をあげなきゃ」とか考えてる政治家がいたらアホすぎるのでそんな国からは脱出しなくてはならない。
しかし企業の視点で見ると、労働生産性をあげるために労働者数を減らす」というロジックが成立してしまう。少ない人数で多くの売上をあげるということは、従業員1人当たりの待遇もよくなるし、会計上かっこよくも見える。ところがこれは合成の誤謬の罠である。多くの企業が労働生産性という数値だけを追いかけて”ひたすら人員削減”に邁進すると、売上は伸び悩み、失業者は増大し、格差も拡大する。国から見ると良いことはなに1つない。

一方、付加価値を上げるということは、国にとっても企業にとっても消費者にとってもうれしい、追究されるべき価値である。かんたんに言えば、「コストの削減」ではなく、「売上を上げる」ということだ。「コスト削減」に対して、「売上を上げる」ことは並大抵のことではない。より多く、より高く売れる商品を開発しろということだ。前述の「定時退社」や、「業務効率の改善」は、それをやることで「売上を増やせる」という前提があってはじめて労働生産性に貢献するのである。

このことについて言及した、本当にすばらしい記事があるので紹介したい。

president.jp

重要なのは生産性ではなく付加価値

 この記事では、付加価値という数字を因数分解して考えている。

  • 付加価値 = 経常利益 + 固定費 = 経常利益 + (人件費 + 減価償却費)

付加価値は、純粋な利益だけではなく、固定費が含まれる。主な固定費には人件費や減価償却費がある。これはつまり、薄利の業種でも、多くの人を雇用して、設備投資して、大きなビジネスをしている企業は付加価値額も付加価値率も大きくなるということだ。記事中で言及されてるように、”付加価値率”が最も大きい業種はサービス業なのである。ただし、「労働生産性」という指標で見ると、従業員数で付加価値額を割る必要があるため、サービス業は最下位に落ち込み、ITやハイテク業界が上位に上がってくる。
しかし前述したように、なぜ従業員数で割る必要があるのか?は疑問である。従業員をより多く雇う企業のほうが社会に貢献している。今後ますます多くのことをコンピュータが代替できるようになると、「人にしかできないことをやるために、人を雇用する」ようになるだろう。すると「付加価値比率が高い企業は、人にしかできないビジネスをやっている」という見方ができる。そういう意味でもこういう考え方はかなり重要になってくると思う。以下の記事が言っていることも、これと似ていると思う。

巨大ベンチャーより中堅・中小に魅力(藤野英人)|マネー研究所|NIKKEI STYLE

まとめると、あなたが「定時退社」しようが、「2時間かかっていた仕事を1時間で完了」しようが、「ワークライフバランスを満喫」しようが、そのことは”直接的には” 、労働生産性に寄与しないのである。
労働生産性に寄与するのは、労働者数を削減するか、より多く高く商品を売ることである。労働者数の削減なんてのをやりだしたら本末転倒である。おそらく私たちが目指すべきことは、機械化困難な分野に多くの人的コストをかけて、いい仕事をしましょう。ということになる。もっと多くの人が顧客と向き合う仕事をするべきとも言える。