宇宙スープ

Once upon a time, the Universe expanded from an extremely dense and hot soup

突然変異で進化はできない。進化論最大の謎に突破口を開いた研究

「進化論」という理論をはじめて知ったのはたしか大学のときだった。「自然淘汰」と「突然変異」という超シンプルな原理で多様な生物の誕生を説明できてしまうことに衝撃を受けた記憶がある。

しかし、ダーウィンが唱えた進化論は「自然淘汰」が中心で、「突然変異」という概念は出て来なかった。ダーウィンが生きていた時代には、遺伝子という概念さえも未発見だったため*1、突然変異といった発想が困難だったと思われる。したがって、ダーウィンは「どのようにして生物は新たな形質を獲得するのか」という大問題には触れなかった。自然淘汰だけでは生存に有利な個体を”選別”することはできても、生存に有利な形質を”つくり出す”ことはできないのである。

時代は流れ、今や生命を司るセントラルドグマ、DNAの存在が明らかとなった。これによって「突然変異」の仕組みが明らかとなった。つまり、「ランダムにDNA塩基配列に変更が起こり(突然変異)、そのうち『偶然にも』生存に有利だった形質が保存される(自然淘汰)」という説明がなされるようになったのである。これがダーウィン進化論の強力な援護となった。

と思われた。

が、突然変異が進化を促すという説明は全くもって不十分であるばかりか、間違っている可能性すらある。後述するが、理論的に大きな穴がある。
「進化論」でググると分かるが、この点を巡って大混乱が起きており、2017年現在は検索結果1ページ目の約半分が反進化論を支持するというとんでもない状況になってしまっている。(個人的には、突然変異による進化が説明できないからと言って、進化自体を否定するのは乱暴すぎる気はする)
この科学の空白地帯にビジネスチャンス?を見出した人々が、宇宙人や神による生物創造説を提唱しているが、私にとって身近な例だとエホバの証人がある。彼らは熱心な布教活動をしていて丁寧な冊子を配っているので私にも分かるのだが、明確に突然変異による進化を否定している。彼らは進化を「大進化」と「小進化」に分けて考えていて、イヌからチワワ、ゴールデンレトリバーなど様々な品種が生まれる「小進化」は認めている一方、サルがヒトに進化したり、爬虫類が哺乳類に進化するような「大進化」は認めていない。意地悪い言い方だが、宗教上、現代の科学をどう解釈するかというこの戦略は巧みである。なぜなら大進化を説明する化石はほぼ見つかっていないし、突然変異の蓄積で生物に大進化を起こすことなど不可能に近いことが数学的に示されるからだ。

進化の謎を数学で解く

進化の謎を数学で解く

 

「 突然変異による進化は不可能」という問題提起から始まるのが「進化の謎を数学で解く」である。難しそうな内容だから軽く読み流すだけしてみようと思って購入すると異常なおもしろさで驚愕した。タイトルが心理的障壁を上げている気がする。本書に数式は一切出てこない。

なぜ突然変異による進化が不可能なのか。この本の冒頭で示される「ハヤブサの眼」の例がとてもわかりやすくエキサイティングな内容なのでこれを引用しつつ解説したい。

ハヤブサは獲物を狩るために突出した解像度の眼を持つ。1キロメートル以上の距離からハトを捉えられるという。この芸当を可能にするのは、クリスタリンという透明なタンパク質によるという。これがレンズの役割を果たし光を屈折させ、像を結ぶ。
多く見積もっても、生命が地球に誕生してから30億年が経ってようやくクリスタリン搭載の脊椎動物が現れた。つまり、地球上の全生命が突然変異/自然淘汰を繰り返して30億年後にクリスタリンを生成できる確率はいくらか?というクイズを考えることで、「突然変異による進化の可能性」を検証できる。

そのシミュレーション結果は散々である。
クリスタリンは数百のアミノ酸が鎖状につらなるタンパク質である。アミノ酸は20種類のパターンがあるので、DNAからランダムにクリスタリンを発現させようとすると、20の数百乗の確率になる。これは超々天文学的な数字だ。宇宙に存在する水素原子の数よりもさらに気が遠くなるほど大きい数となるらしい。こんなオーダーでは、どんな理屈をこねくりまわしても、わずか30億年で”ランダムに”高精細レンズという奇跡的な形質を獲得するなど到底不可能である。ちなみに、クリスタリンがタンパク質のなかでとくべつアミノ酸鎖数が多いというわけでもない。生物を構成する器官はクリスタリンにとどまらず奇跡のタンパク質めじろ押しである。

この事実を知ると、エホバの証人説はもちろん、宇宙人想像説も全くバカにできなくなる。彼らが神秘主義にこたえを見出そうとするのはもっともなことだったと思い知らされた。
けれども、本書はもちろん神秘主義的な本ではなく、進化論を支持する。驚くべき研究で。生命の多様な進化は必然だったのではと今になっては思う。そしてここで紹介される研究を目の当たりにすると、いよいよ神秘主義者たちのアイデンティティが危うい。この著者は進化論最大の謎に風穴を開けた。

私は本書を読んで、中間の長さの首を持つキリンの化石が見つかっていない理由も分かったような気がする。その理由はたぶん、首が伸びるという進化が驚くほど短期間で起こったためだ(ウイルス進化説ではなく)。
生物のDNAは絶えず揺らぎを続け、進化が止まっているように見える生物でも、DNAの潜在的な多様性は時間と共に高まっていく。そして機が熟すと進化は短期間で一気に進む。
本書読まれた方はこの意図が分かるかもしれない。興味ある人はぜひ読んでほしい。

 

 

盲目の時計職人

盲目の時計職人

 

 

*1:正確にはメンデルが遺伝子の存在をほのめかす重要な発見をしていたが埋もれていたらしい