宇宙スープ

Once upon a time, the Universe expanded from an extremely dense and hot soup

超遺伝子と減数分裂で理解するイーブイ進化の仕組み(1)

ポケモンユーザはご存知のように、イーブイというポケモンが存在する。
イーブイは数あるポケモン種の中でも異彩を放っている。1つの個体が互いに全く特徴の異なる複数の形態に進化する可能性を秘めて生まれてくるのである。

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どうしてそのような芸当が可能なのか?
以下イーブイ進化のメカニズムを解説する*1

一般的なポケモンの進化

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ポケモン進化の説明として最もわかりやすい説明はキャタピーだろう。
幼虫(キャタピー)はサナギ(トランセル)となり、やがて成虫(バタフリー)として飛び立つ。これらの形態変化は1個体の1生涯の間におこなわれる。
このタイプの進化(変態)は馴染み深いが、よく考えると1生涯の間で形態がまったく変わってしまうとは不思議だ。

この仕組みは、「ある遺伝子群が活性するタイミングのずれ」で説明できる。

産まれてから1ヶ月間だけ活性する遺伝子群、その後の3ヶ月間だけ活性する遺伝子群、その後の1ヶ月間だけ活性する遺伝子群...というのがあり、それぞれの期間のはたらきの違いによって外見が変わるということだ。
私たちヒトにおいても、赤ちゃんは良く成長するのに大人は成長が止まるのは、これと同じ仕組みだと言える。

イーブイの進化

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ところがイーブイの進化はそれと訳が違う。

イーブイキャタピーと同じように機が熟すと進化するのだが、あるものは水をまとい、あるものは電気を帯び、あるものは炎をまとうようになる。進化に数種類のパターンがある。そしてこの進化後のパターンの特徴の違いは遺伝子の個人差(個体差)のレベルを逸脱している。
もし、このパターンの違いが”個人差”として説明できるものならば、「皮膚は炎のように赤く、体毛は電流を帯びて逆立ち、尻尾にはみずみずしいヒレがある」のような進化をする個体が一定数いないとおかしい。
しかしふつうに考えれば、燃え盛る炎に耐性のある皮膚は、水中では全く役に立たない。「炎の耐性がある」と「泳ぎが得意」という2つの強みが互いに相反するので、そういう特徴を持った個体は厳しい自然界を生き残ることができず、結果それら遺伝子を次世代に継承することもできない。
つまり、炎をうまく扱える特徴をからだじゅうのすみずみに一貫して持って初めてブースターを形成する遺伝子群は意味を持つのだ。

ところがからだじゅうのすみずみの特徴を決めるためには膨大な遺伝子が必要になる。
でも、たくさんの遺伝子が一貫してこどもに継承されなければいけないのだとすると、たとえばブースターとシャワーズから生まれたこどもはどうなるだろう?
ふつうに考えれば、2者の特徴の中間となる種ができてしまう。

このことをもっとよく理解するために、私たちは遺伝子とはなにか?そして有性生殖を司る減数分裂という仕組みを知らなければならない。

 

*1:厳密にはこれを”進化”とよぶのは誤っている。”進化”とは多数の世代を経て選択される遺伝子が変化していくプロセスを言う。1個体がその生涯を経て形態を変えることは”変態”という。

プログラミング言語はもう一度革命を起こす

20世紀という時代は奇跡的な世紀だった。人間の生活の根幹を変えうるいくつもの発見と発明にあふれた。

1953年ワトソン&クリックがDNA螺旋構造を発見した。これは現在にゲノム解析、ゲノム編集などの技術に引き継がれ、人類は恐るべき力を手にしようとしている。
1969年アポロ11号計画で人類が月面に着陸した。現在は火星移住が本格的に計画され始め、人類は惑星を越えてフロンティアを求めようとしている。

これらの偉業は当時最高潮に期待を集めた。しかし、21世紀現在の私たちが答え合わせ的視点で振り返ると、真に革命的だったのは1940年代ノイマン型コンピュータの始まりであり、1960年インターネットの始まりだろう。2016年現時点では、宇宙と生命科学の実績とは比べ物にならないほどIT革命は私たちの生活に浸透した。コンピュータおよびインターネットは勃興当初それほど注目されてはいなかったにもかかわらずだ。

コンピュータの起源

コンピュータの起源は計算機である。
世界大戦時は、計算屋という職業が存在した。物理シミュレーションのための膨大な計算をひたすらこなす部隊である。当時は兵器の弾道や威力などを物理計算して正確に見積もりできるかどうかが戦争の明暗を分ける死活問題であった。
第二次世界大戦を経て、ジョン・フォン・ノイマン”計算”への大きな需要があることを悟った。皮肉にもそれは”計算”が戦争をも制することを象徴する「マンハッタン計画」の成功を見てのことだったという。20世紀屈指と言われるノイマンの頭脳リソースが彼のキャリアを通してコンピュータ誕生に捧げられることになる瞬間だった。
その後もしばらくは現在のスーパーコンピュータのような使われ方が主だった。物理系シミュレーションのための数値計算機として。初期コンピュータの進化は、流体力学など”計算”がボトルネックとなっていた数々の科学分野の発展と共にある。

ところが今となってはコンピュータを計算機と認識できている人の方が少ないだろう。50年以上経った今、当時とは変わり果てた多様な使われ方をしている。

物理計算の枠を超え、IT技術の驚異的な進化を可能にしたものはなんだったのだろう?私たちが普段使っている”文字”の起源を知って、その理由が分かった気がする。
変貌を主導したのはプログラミング言語である。

文字の起源

現在も少数民族には文字を持たない文化は多い。
日本人からすると信じがたいが、これはシンプルに考えたほうがいい。
言葉でコミュニケーションをとる動物は人間以外にも数多く存在するが、文字を持つ動物はいない。原始人類も高度な文明で帝国をも築いたインカでさえもそうだった。
現代でも識字率が低い国があるが、そういった人々が一定数いるということは多少不便ではあるかもしれないが暮らしてはいけるということだ。
本来、話言葉は必要でも文字は生活に不要なのだ。

文字の出現は農耕が引き金だったと考えられる。
農耕の開始によって、多くの人が協力して1つの成果物を目指す。分業が始まり、人々は定住が可能になり、都市が生まれ、余剰食糧がもたらされる。その結果収穫された作物を分配するという仕組みが必要になる。徴税と再分配は統治機構の役割である。その先には必然的に国家が生まれる。農耕の出現はそれ以前とは根本的に人間の生活を変えたのだった。
そういった複雑化、階層化する社会に文字は大いに役にたった。

象形文字の問題点

はじめの文字は絵文字のような象形文字だった。この時代の文字の読み書きは専門家の職人芸だった。その専門家とはおそらくはじめは会計係だ。世界最古と言われるシュメール人楔形文字の痕跡は収支記録として残されている。

ひとたび国家が収支記録に文字を使う便利さを味わうと、外部記憶に情報を保存するニーズは急激に高まることが予想できる。おそらくこんなこともこんなことも記録したいと、官僚たちは文字の専門家に要請しただろう。
しかし文字ニーズが拡大すると大きな問題が浮上する。
象形文字とは、絵をシンプルに記号化したものである。「ネコ:cat:」、「太陽:sunny:」、「目:eye:」などは絵で描きやすいとしても、「色」、「明日」、「病」など絵で表現が困難な概念は無数に存在する。ましてRetinaディスプレイはおろか万年筆もない時代。粘土板をひっかく程度の粗さでも表現できるシンプルな記号でなければならない。ここで象形文字は行き詰まりを迎えた。

この打開策として文字専門家はいくつかの突破口を見出した。

象形文字組み合わせ法

1つは象形文字を組み合わせて新たな概念を作るパラダイムである。たとえば、「頭」と「パン」を表す象形文字を組み合わせて「食べる」という意味を表す。
この象形文字の組み合わせによって表現力を高める手法は一定の成功を修めたことが、部首というテクニックをふんだんに使った”漢字”の成功を見ると推測できる。とは言え、「頭+パン=食べる」のような脆弱なルールでは、「噛む」「なめる」「吐く」などと意味が混同してしまう。「アンパンマン」のような高度な概念は望むべくもない。

改めて考えると漢字という壮大な文字セットを構築した中国人はすごい。
「噛」「吐」「舐」「面包超人(アンパンマン)」
一貫性のあるデザインでこれら無数の概念を表現してしまっている。
けれども漢字編纂者のような天才的デザインセンスの持ち主がどの古代文明にもいたとは限らない。
しかも、意味の伝達という根本的目的に立ち戻ると、美しくデザインされた漢字と言えども最適な解だったと言えるだろうか?多くの日本人が怒り狂う厚切りジェイソンを見てはっとさせられたに違いない。

絵で表現が困難な概念を記号化する手法として別の解を考えだしたグループもあった。

同音異義語

もう1つの重要な潮流は同音異義語パラダイムである。

同音異義語法は記号化困難な概念を、それと同じ(または似た)発音を持つ記号化しやすい文字で表現するという方法である。「銃・病原菌・鉄(下)第12章」にいくつか例が示されるが、たとえば、「believe」=「bee」+「leaf」=「:bee:」+「:leaves:」と表す。
少し前に流行った「本田△」のような言葉遊びは同音異義語法の典型的な例である。

しかしこの方法は象形文字組み合わせにも増して暗号的である。
こういったいきあたりばったりの文字仕様の拡張によって、特定の時代の古代文字は非常に難解なものとなってしまった。おそらく現場の書記係、当人たちがその問題に気付き苦しんだだろう。

だが、同音異義語法の発見は大きな意味がある。”音”に着目したという点で、次に来る革命的な発明へとつながったからだ。

表音文字

幾度の試行錯誤を経て、ついに人類は表音文字という画期的な発明を成し遂げる。話し言葉に使われる”発音”を基本単位に分割し、それを記号化する方法を発明したのだ。
その代表例はもちろんアルファベットだ。

アルファベットのなにがすごかったか?

誰でも簡単に理解できたことだ。
読み書きができない人は多くても、母国語の話し言葉が分からない人は滅多にいない。
英語の場合は、アルファベット26字の記号と発音のセット、そして、sh,gh,th,chなどの二重音字、cake,bake,riceなどeで終わるサイレントe、hour,honest,ghostなどサイレントh...などの例外を覚えればほとんどの英単語を読めるようになる。

多くの人が簡単に理解できるようになったことで、それまで専門家の職人芸だった”読み書き”という特殊能力が一般人に授けられた。しかも話言葉と遜色ない精密なニュアンスを書記で伝達可能になった。
粘土板や紙などの媒体は依然高価だったと思われるが、それでも望む人はその能力を駆使できる、という点は重要である。
おそらくどんな技術も同じことが言えると思うが、技術が専門家の手を離れるとき、想像もしない使われ方がなされ、爆発的に多様化する。当初は会計記録の専門技術だった文字を使って、人は論考したり人を笑わせたり感動させたりしている。

今の私たちからすると表音文字とは簡単すぎるソリューションにも思えるが、一切の固定観念を持たない先史の人々は自分が喋っている言葉が発音の基本単位に分割できるとか、分割したものを記号化して記録できるとか夢にも思わなかったのだろう。しかしちゃんと答えは用意されていた。

ヒエログリフや漢字にも表音用途に使われる文字はある。表音というテクニックを知ったにもかかわらずそれを取り入れなかった(文字を持つ)文明はおそらく無い。

プログラミングの現在

文字の歴史は多くのメッセージを含んでいるように思う。

なぜIT革命が予想外の進展を見せたのかと言えば、ソフトウェアとハードウェアが切り離され、プログラミング言語によって記述されたプログラムをハードウェア上で実行するというアーキテクチャがあったからだ。これによってコンピュータの製造者だけでなく利用者がプログラミングによってソフトウェアを製造することができた。
表音文字の成功がそうであったように、IT革命の成功も一般人も開発に参加可能な仕組みにできたことが何よりも重要だ。インターネットによってその潮流は増幅された。

とは言え、現在はまだプログラミングは専門家の職人芸という側面が強い。プログラマになるのに資格は不要だが、暗号めいたコードを読解する能力は職人芸に近い。古代文字の難解さに(おそらく)苦しんだ書記係と同じように、現代のIT業界もプログラマはコードを読解するのに多くの時間を費やす。

安全で安定して高速に高機能なアプリケーションを利用したいというニーズが拡がっていることとも関係している。プログラミング手法も進化しているが、それに勝るスピードで要求が拡大している。ちょうど官僚からの記録の要請によって古代の文字仕様が一時の混乱を来たしたように、現代でもクライアント要求を満たすために難解極まりないITシステムが生まれてしまう。

プログラミング言語はまだまだ黎明期であり、発展途上だと思う。
実際、「Aという命令を記述するのにBという言語は向いていない、Cというアイデアを持った新しい言語が必要だ」という提案が世界中でいくつもなされている。
人類が表音文字を獲得したときのように、最適解に少しずつ近づいているのだろう。
オブジェクト指向というパラダイムが生まれ、プログラムを知覚可能なモノとして表現するようになったし、関数型というパラダイムが生まれ、プログラムは数学と融合しようとしている。

プログラミングが本当の意味で専門家の手を離れるときが来ることを想像すると、わくわくしないだろうか?それはおそらくヒトとコンピュータが共生、協調する未来となる。

jp.techcrunch.com

先日、世界でも最も普及したプログラミング言語の1つC言語の生みの親、デニス・リッチー氏が亡くなった。

ボブ・ディランの名を知っている人は多くても、デニス・リッチーを知る人は少ない。本物の変革は知らない間に私たちの生活を変えていく。文字を伝承し、発展させた人たちもはじめは会計係であった。当時の世間的にも全く注目に値しない職業だったに違いない。

 

 

 

 

 

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

 

大型肉食動物の家畜化に成功した唯一の例?

前回肉食動物の家畜化はほとんど不可能という内容のブログを書いたが、例外がある。

metheglin.hatenablog.com

おそらく人類史上初、大型肉食動物家畜化を成功?させたのは日本だ。
その動物とは、クロマグロである。
かの有名な近畿大学が世界初の完全養殖に成功した。近大マグロである。

魚類は小型のものでもプランクトンやオキアミをエサとするので、草食か肉食かと言われれば肉食なので陸上肉食動物と比較すれば家畜化養殖化の難易度は低いと思う。実際に小型中型魚類では以前から養殖に成功した例がいくつかあったが、マグロなどの大型魚類は海の食物連鎖頂点に君臨するという意味で、陸上の大型肉食動物を家畜化するに近い難しさがあった。

 

魚が食べられなくなる日 (小学館新書)

魚が食べられなくなる日 (小学館新書)

 

漁業は狩猟採集業

日本の漁獲量は近年急激に減少している。
その主たる要因は、「魚が食べられなくなる日」によると、乱獲による日本周辺の海産資源の減少だと言う。現在は日本が消費する海産物のかなり割合を輸入に依存している。
1億を超える人口の魚食文化を維持するには大きな環境の負担があったということだ。
考えてみれば、漁業とは狩猟採集である。あくまでも人間のコントロール化にない、自然の恵みを授かっている。無計画に収穫を続ければ、海といえども持続可能性はなくなる。焼畑農業が環境に深刻なダメージを与えてしまうのと同じで。

天然資源に大きく依存するクロマグロ養殖

漁業が狩猟採集であるという視点で考えると、完全養殖に成功したクロマグロなどの魚類が”完全に”人間のコントロール下にあるか、と言えばそれはあやしい。
なぜなら、マグロのエサの原資は”漁獲された”小型魚類だからである。
(完全養殖の意味することは、卵を孵化させて成魚まで育てること。以前はそこまで達成できず、稚魚をつかまえてきて育てることを養殖と言っていた。)

養殖クロマグロ1万トンを生産するために必要なサバの稚魚は15万トンだと言う。日本で漁獲されるサバの1/3にものぼる。
近年は克服されたようだが、以前は生き餌でなければいけないという制約もあったようだ*1
畜産の牛はエサの原資となる穀物も人間のコントロール下で生産できる一方、クロマグロの場合現状そうはいかないということだ。養殖の大きな割合をマグロのエサとなるサバ、つまり天然資源に依存している。

エネルギー効率の壁を超えられるか?

これは同時に、前回ブログで書いたようにマグロ養殖のエネルギー効率が悪いことも意味する。収穫されたサバを直接食べた方が、収穫したサバを養殖マグロに与えてそのマグロを食べるよりはるかに効率的である。

養殖クロマグロの引き続きの課題はコスト削減である*2
マグロ養殖研究の当初の目的は安定供給実現だったはずなので、天然資源にほとんど依存せず低コストで養殖可能なシステムを構築できるかは興味深い。牛の大規模畜産に穀物の大規模栽培が必要となるように、大型魚類の大規模養殖にはプランクトンの養殖技術が必要になるのではないかという気がしている。

なぜ肉食動物の肉を食べる習慣がないか?

現代では、肉食動物の肉を習慣的に食べる文化は世界中を見てもかなり少ない。
地域によっては犬を食べる文化が存在するが、食用の犬のエサは穀物なので、この場合肉食動物に該当しない。

肉食動物の肉は美味しくないと言われることがあるがどうもそうではないらしい。たとえば熊掌(ゆうしょう:くまのてのひら)は高級食材としても知られる。「銃・病原菌・鉄」の著者であるジャレド・ダイアモンドはライオン肉の味を保証できると記述している。

人間が肉食動物の肉を習慣的に食べないのは決定的な理由がある。
それは、食用に家畜化できないからである。
家畜化できないということは、狩猟採集方式以外に肉を手に入れる方法がないということ。
狩猟採集法では、一定以上の人口に持続して安定的に食糧を供給することができない。ゆえに人間のコントロール下に無い、供給が不安定な食材に頼る食文化は継続できない(もしくはメジャー化しない)。

 

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
 

「銃・病原菌・鉄」は、大型哺乳類の家畜化は実は相当に難しかったことを明らかにする。ある動物を家畜化に成功するための条件を7つ上げていて、そのいずれかでも当てはまらないと失敗すると言う。
その条件の1つに「草食動物であること」がある。
なぜ、肉食動物は家畜化できないのか。

肉食動物を家畜化できない理由は、肉を食べるからである。
牛や豚でさえ、毎日大量の穀物を食べる。高いコストで畜産した草食動物の肉を肉食動物に与えることは莫大に高いコストがかかることになる。

以下のデータから、草食動物を畜産するコストを考える。
Nutritional Requirements of Beef Cattle: Nutrition: Beef Cattle: Merck Veterinary Manual
http://www.explorebeef.org/cmdocs/explorebeef/factsheet_modernbeefproduction.pdf

  • 牛1頭の体重:600kg
  • 牛1頭が1日に必要なエネルギー:10.73MCal
  • 牛1頭を出荷するまでにかかる日数:20month = 600days
  • 牛の餌(大麦)の実質エネルギー:2.06Mcal/kg = 0.02MCal/kg

つまり、

  • 600kgの牛1頭を畜産するのに必要なエネルギー:6.4GCal*1
  • 600kgの牛1頭を畜産するのに必要な餌(大麦*2):312524kg = 312t*3

となる。

  • 牛1頭分牛肉のエネルギー:1.5GCal*4
  • 牛1頭で1日何人分のエネルギーを賄えるか:1000人*5
  • 牛1頭の畜産に必要な大麦で1日何人分のエネルギーを賄えるか:4292人*6

つまり、直接農作物からエネルギーを摂取する社会は、牛肉のみをエネルギー源としている社会に比べて4倍以上の人口を扶養させることが理論上可能である。

肉食動物を家畜化すると考えるとどうだろうか。
ライオンを例として、離乳から成獣になるまで2.5年間、1日5kgの肉を与え続ける*7と考えると*8、ライオン1頭を畜産するのに7.6頭の牛肉が必要となる。*9
ライオン1頭の体重はオス/メス平均して170kg程度なので、ライオン肉にどのくらいの栄養があるかは不明だが、仮に牛肉相当のカロリーがあるとするとライオン肉のエネルギー効率は牛肉と比較して1/30しかない。ライオン肉の価格はグラムあたり牛肉の30倍になるという計算だ。*10

もちろん家畜化できない理由はエネルギー効率が全てではないので、このコストを克服したとしても家畜化できるものではない。人為的に繁殖を促すことは相当難しいと思われる。実際、ほとんどの動物園では貴重な動物の繁殖に失敗し続けている。
重要なのは、陸上の二次元空間において単位面積あたりに存在できる植物の量は決まってしまうということ。それによって存在できる草食動物、ひいては肉食動物の数も決まるということである。
人間の居住範囲が広がることで絶滅種や絶滅危惧種の数が跳ね上がっているのは確実にそれと関係している。肉食動物を家畜化するとなると、そのエサを支える作物を栽培するためのさらに広大な農地が必要となり、自然が切り拓かれるだろう。それは野生の大型動物をもっと危機的な状況に追いやることも意味する。

*1:10.73MCal * 600days。生後6ヶ月間ほどは体も小さいうえミルクで育つため、10.73MCal * 600daysは全く正確ではない。が、母牛はミルクのため余分にエネルギーを必要とすることもあるので、簡単のため単純計算する。桁を外さない程度の正確さにとどめる

*2:牛の餌には6種類程度の原料が含まれるが、代表して大麦のみ与えると仮定する。大麦は牧草などと比べるとかなり高カロリーなので実際はもっと量が必要になる

*3:6.4GCal / 0.02MCal

*4:100gの牛肉を250kcalとして、2.5MCal * 600kg

*5:人間の1日のエネルギーを1500kcalとして、1.5GCal / 1.5MCal

*6:6.4GCal / 1.5MCal

*7:ライオン - Wikipedia

*8:家畜化の過程でコスト効率はもっと良くなると考えられるが、簡単のため野生のライオンで考える

*9:5kg * 912days = 4562.5kg。4562kg / 600kg = 7.6

*10:ライオンのエサをよりエネルギー効率が良い鶏肉にすれば改善は見込める

ネアンデルタール人ゲノムから分かる初期人類の愉快な日常

ネアンデルタール人は長い間現生人類の祖先と考えられてたようだが(自分が中学校のころもそう習った)、そうではないことが証明された。ネアンデルタール人現生人類は共通の祖先がいるだけであくまで別の種である。

すると人類学者の間では、ネアンデルタール人現生人類の間に交配があったか、ということが大きな議論の的となった。
生物学的には、遺伝的距離が短ければ別の種同士であっても発情し子どもを生むことができるが、遺伝的距離が長くなると発情しなくなる。人為的に強制交配させ子どもを作ることは可能でもその子どもには繁殖力が無いといったDNA上の原理があるらしい。
ネアンデルタール人現生人類は互いに惹かれ合い子どもを作ったのか、というのは非常に興味深いテーマであった。

2010年に世界を震撼させたゲノム解析結果がその問題に終止符を打った。
ヨーロッパおよび中東に特有の遺伝子、いわゆるコーカソイド遺伝子の1~4%程度はネアンデルタール人から継承されていたのだ。
どういうことかと言えば、Wikipedia掲載の以下の図がわかりやすい*1

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今から述べることはネアンデルタール人研究結果から勝手に想像したことに過ぎないが、現世人類との関係を考える上では十分ありえることではないかと思う。

1~4%という数字がいかに大きいかイメージしてほしい。
現代で考えれば平均的な中学校の学年に1人以上、場合によってはクラスに1人ネアンデルタール人がいるということになる。
ネアンデルタール人は現生人類の祖先よりも低身長だったが、体重は重く、太く頑強な肉体と腕力を持っていた。
「クラスに1人いたチビの怪力」くらいの馴染みで現世人類の族社会にネアンデルタール人が溶け込んでいた可能性がある。

ネアンデルタール人の男が現世人類の女を誘拐し(もしくは恋に落ち?)、ネアンデルタール社会に連れてきて子孫を残したということはあったかもしれないが、それは現代のヒトの遺伝子にネアンデルタール遺伝子が残っている理由にならない。現代の遺伝子に残っているということは、現生人類の祖先が部族社会の中でネアンデルタール人との子どもを育てたということを意味する。
そのためには以下のケースが考えられる。

  1. 現生人類の女がネアンデルタール人の男と接触し妊娠し、自分の部族に戻って産んで育てた
  2. ネアンデルタール人の女が現生人類部族社会に連れてこられ、子孫を残した
  3. ネアンデルタール人の男が現生人類部族社会に連れてこられ、子孫を残した
  4. ネアンデルタール人の男女が現生人類部族社会と共生し、子孫を残した

全てのケースが部分的にあった可能性はある。けれど、1~4%も面影を残していることについて、最も大きな理由となりうるのは個人的に(3)でないかと思っている。

(1)と(2)は、狩猟採集社会で部族のしきたりの中で生きていかなければいけない当時の実状を想像すると可能性は低いと思う。狩猟採集民は安定して食糧を確保できないので、人口を多く保てない。産まれすぎた子どもを間引く(つまり人口制御のため意図的に殺す)文化も珍しくない。
異種との子どもを育てるという人種的許容が当時の社会にあったとは思えない。例外としてはあったことは否定しないが、1~4%の面影を今日にまで残すほどの規模でそういうことがあったとは思えない。
また、子育てにおいてまわりから多くの協力を得なければいけない女性はアウェイの環境に置かれることに弱いという特徴もあると思う。ネアンデルタール人の女性が人類祖先の女性からの手厚い支援を受けられたとも思えない。

(4)は男女ともに異種間の交配があり、互いにハーフの子を育てるような状況である。そのようなことがあったとするとかなり興味深いが、だとすれば逆に1~4%程度にとどまっていることが謎になる。また、そういう例があればそれを示す大規模な考古学的証拠が上がってもおかしくない。
基本的には現生人類とネアンデルタール人は敵対関係にあったと考える方が自然だと思う。

(3)は部分的に前述の説明を覆す内容になるが、ネアンデルタール遺伝子が現代に残る理由として説得力があると思う。
つまり、ネアンデルタール人の男は、現生人類祖先の部族社会に受け入れられた例が多数あったのではないかということだ。「ネアンデルタール出身チビの怪力くん」が各部族に1,2人紛れていたということである。
そう考えると、90年代後半の研究でミトコンドリアDNA解析結果からネアンデルタール人と現生人類の交配がまったくなかったと結論付けられた理由も説明できる。ミトコンドリアDNAは突然変異を除いて母系のDNAを100%継承するからである。

ネアンデルタール人の人間離れした怪力は狩猟時に大活躍したのだろうと思う。そのため彼らは部族から受け入れられ、重宝された。
彼らが現生人類部族に参加したのは、ネアンデルタール人の中でも異端の存在だったからかもしれないし、戦いに敗れて捕虜となったからかもしれない。優れたスキルを持った男性がネアンデルタールと現生人類との間でトレードされたという可能性もある。
いずれにしても、彼らはその後部族社会に溶け込み、少なくとも活躍したと考えられる。なぜならそうでないと現生人類の女性との間に子どもを設け、その子どもを部族の中で育てることなどできないからだ。
彼らはある意味部族社会の人気者でヒーローだったかもしれない。ちょうど外国人スポーツ選手が日本リーグで大活躍するようなかんじで。

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*1:厳密にはサブサハラ以南アフリカ先住民を除く現世人類にネアンデルタール人の遺伝子が残されている可能性が高い。Archaic human admixture with modern humans - Wikipedia, the free encyclopedia

なぜポリネシアはラグビーが強いのか?

昨年、日本がラグビーワールドカップで大活躍したのは記憶に新しいが、ラグビー強豪国と言われる国々が特徴的なことに気付く人は多いと思う。サッカーやオリンピック主要競技と比べると随分と毛色が違う国々が並ぶ。

以下Wikipediaから引用した2016/06/13時点でのラグビーワールドランキングを見ていただきたい。

ワールドラグビーランキング - Wikipedia

1 増減なし  ニュージーランド 96.10
2 増減なし  オーストラリア 87.56
3 増加 1  イングランド 86.37
4 減少 1  南アフリカ共和国 85.66
5 増減なし  アルゼンチン 82.59
6 増減なし  アイルランド 82.49
7 増減なし  ウェールズ 82.33
8 増減なし  フランス 78.36
9 増減なし  スコットランド 78.32
10 増加 1  フィジー 77.13
11 減少 1  日本 77.07
12 増減なし  ジョージア 72.70
13 増減なし  トンガ 71.43
14 増減なし  イタリア 70.78
15 増減なし  サモア 70.29
16 増減なし  ルーマニア 67.95

 

おもしろいのは、なぜかベスト16にポリネシア諸国が並ぶところだ。
ニュージーランドが1位というのも驚きではあるが、まだ理解の範囲内としよう。しかし、フィジーサモア、トンガに関しては明らかにおかしい。どう考えてもチーム制競技で世界のトップをはれる人口規模ではない。
あなたの出身の市区町村の人口を考えてみてほしいが、その地元の代表団が世界大会の競合常連になるようなものである。

人口 世界人口推計ランキング 名目GDPランキング
ニュージーランド 444万 122位 56位
フィジー*1 85万 161位 149位
サモア 18万 187位 178位
トンガ 10万 196位 183位

この謎にほぼこたえてくれた本が以下の「海を渡ったモンゴロイド」であった。ポリネシアの起源などについて言及している。

 

海を渡ったモンゴロイド (講談社選書メチエ)

海を渡ったモンゴロイド (講談社選書メチエ)

 

ポリネシア人モンゴロイド

ポリネシア人はどこからやってきて、太平洋島嶼部に住み着いたのか。
実はこの問題は、西欧が初めてポリネシアを発見した当初から西欧人の興味を惹く問題であった。なぜなら、ポリネシア人はほりが深く、身体的に大柄な筋肉質で、いわゆる白人(コーカソイド)に似た外見をしていたからだ。さらに、ポリネシア文化は独特な神話が伝承されており、階層的な社会構造を持つなど、メラネシアや東南アジアなどの周辺地域の文化とかなり異なっていた。
その当時はインドあたりから西欧人が太平洋に出て移住してきたという説もあった。

現在は、DNA解析の技術が洗練されたこともあり、ポリネシア人の祖先は本のタイトルにもあるように「モンゴロイド」であることが決定的である。
人類のポリネシアへの船出が始まった経緯は前回ブログにも書いた。

metheglin.hatenablog.com

スンダランドを中心とするオーストロネシア人が海上文化を発展させ、その文化の結集体として彼らは外洋航海へと挑戦し、太平洋の島々を次々と発見していった。ポリネシア人は彼らを祖先とする人々である。

太平洋に出れば出るほど島の密度は薄くなり、航海は困難になる。「海を渡ったモンゴロイド」は古代ポリネシア人の太平洋制覇という偉業の詳細に言及しているが、ここに大きな驚きがある。

自分ははじめ、死を恐れない、向こう見ずな人々が偶然に頼って島を発見していたのだと思っていた。しかしどうもそうではないらしい。
なんなら彼らは島を見つけてから故郷に戻るくらいの余裕を持った航海技術を持っていた可能性がある。

風も海流も逆に受けながら海を渡った

何よりの驚きは、ポリネシア一帯は恒常的に東から西に海流が流れ、風が吹いているということである。
これは偶然に任せた航海では絶対に東の島にたどり着かないことを意味する。計画的に航海しなければ太平洋の島々を発見することは不可能なのだ。

そしてポリネシアの島々で人類が住み始めた順番に興味深いところがある。
300年イースター島、400年ハワイ、1000年ニュージーランドとなっている。
ポリネシアでも最も大きいニュージーランドやハワイといった島は最後の方に発見されているのである。それよりも先に太平洋最東端のイースター島に行き着いた。

古代ポリネシア人にとっては、海流と風を逆走する東の制覇の方が簡単だったのである。その理由は、緯度が同じ方が星座の位置関係から現在位置を計算しやすいなどの理由が大きいが、帰り道が追い風、追い海流になるため、より安全だったという説もある。

航海の障壁となっていたものは寒さ?

計画的だったとは言え、相当過酷な冒険であったことに違いはないだろう。
時系列的にはだいぶ後のことになるが、鑑真が日本への航海で何度死にかけたか思い出せば、太平洋の航海は想像を絶する恐ろしさである。

特に彼らを苦しめたものは寒さだったのではないかという説がある。赤道近くの海とは言え、夜には日は沈み、1日中水しぶきを浴び続ける。西欧の冒険家がこの一帯をカヌーで航海をした際にひどい寒さに苦しんだという記録があるらしい。
ということは、限られた食糧から最大限のエネルギーを備蓄し、熱を生み出せる者しか洋上の長旅に耐えることはできない。

なぜポリネシアラグビーが強いのか?のこたえ

以上より、ポリネシア人が異常にラグビーが強い理由について以下のように推察できる。

過酷な海の長旅に耐えることができたのは、屈強な肉体を持ち、熱を蓄えやすい身体的特徴を持った男女であった。彼らが到達した島は、大陸からあまりに離れていたため、現代社会以前は多民族との交流が少なかった。その結果彼らの保有していた特徴はボトルネック効果となって、現在にも続くポリネシア人の特徴として受け継がれることとなった。

つまり、肉体的に頑丈な男性が生まれやすいということである。
実際ラグビー以外では格闘技でもポリネシアは有名選手を多数排出している。ポリネシア人は総じて肉体を酷使するスポーツに長けている。
また、現代のポリネシア諸国は肥満が社会問題化している。熱を蓄えやすいというのは栄養が豊富になれば、太りやすくなるということでもある。

 

*1:厳密にはフィジーポリネシア諸国に分類されないが、ポリネシアメラネシアの境界に位置し、ポリネシア文化の影響を濃く受けている国である

ハワイ、イースター島、ニュージーランド、マダガスカルに住みついた人々

列強植民地政策などの歴史を知っている人は、現在アメリカ合衆国の1州であるハワイにカメハメハ大王に代表される先住民がいたことをご存知だと思うが、冷静になって、なぜハワイに先住民がいたのか?を考え始めると夜も眠れなくなると思う。
同様の疑問は、モアイ像を作ったイースター島の先住民は何者なのか?を考え始めても同じである。

ハワイやイースター島は地図で見るとあり得ないほど孤立している。
なぜこのような島々に先住民がいるのか、については一度考えてみてもいい。それはホモ・サピエンスの凄さを物語っているので。

 

 

海を渡ったモンゴロイド (講談社選書メチエ)

海を渡ったモンゴロイド (講談社選書メチエ)

 

オーストロネシアという大言語グループ

オーストロネシア語族という、系統を同じくする言語を持つ民族グループがある。
近代以前までは地理的に世界最大の範囲に分布する語族であった。そのカバー範囲はすさまじい。

インドネシアが中心地となり、台湾、ハワイ・イースター島ニュージーランドなどのポリネシアミクロネシアパプアニューギニアなどのメラネシアの一部、そしてマダガスカルである。
少なくともこれらの地の先住民は同系統の言語を話す民族であった。
世界地図で見ると、以下のようにすごいことになる(Wikipedia引用)。

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海を渡るようになったホモ・サピエンス

ヒト属の移動は陸続きの土地については幾度もの波があったと考えられる。
たとえば、かつて東南アジアにはジャワ原人が住んでいたことが分かっているが、ジャワ原人ホモ・サピエンスの直系祖先ではないことがほぼ定説となっている。類人猿と現生人類の分かれ目となるアウストラロピテクスはアフリカ単一発祥であることは共通見解なので、これはつまり、東南アジアにはじめに住み着いたジャワ原人と、その後東南アジアに到達し現地のジャワ原人に置き換わったホモ・サピエンス*1、少なくともこの2つ以上の大きな移動の波があったということだ。

しかし、南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸オセアニアの島々、日本などにはホモ・エレクトスホモ・サピエンスの直系祖先)の化石は見つかっていない。つまりこれらの地域には、ホモ・サピエンスが誕生するまではヒト属が住んでいなかったのである。
おそらくその最大の理由は、海を渡る必要があったからである。*2

ここで1つの疑問を解決しておく必要がある。ジャワ原人の化石が見つかっているインドネシアはどう見てもユーラシア大陸から離れた島なのだ。ホモ・サピエンス以前は海を渡れなかったはずなのに、なぜここで化石が出土するのか?

古代存在した大平野スンダランド

大昔、氷河期時代には海氷の割合が増えるため海面が低下する。当時の地球は現在と比べ100m近くも海面が低かったという。海面が下がると、マレー半島インドネシアのボルネオジャカルタが位置するジャワ島などの島々は陸続きとなる。
この古代存在した広大な平野をスンダランドとよぶ。

スンダランド - Wikipedia

つまり、ジャワ原人は氷河期時代の陸続きをつたってインドネシアまで到達したのだ。ホモ・サピエンスモンゴロイド)の到達も同様である。

海上文化を洗練させたオーストロネシア文化

諸説あるが、おそらくオーストロネシア文化発祥の地もここスンダランドである。*3当時のオーストロネシア文化には世界で最も先進的で特徴的な技術があった。それは航海術である。

現在でも東南アジアには漂海民とよばれる人々が存在するらしい。海の上で生涯の大半を過ごすという信じられない民族である。 

retrip.jp

おそらく古代オーストロネシアにも彼らのように舟の上を主戦場として、航海術を洗練させた人々がいた。そして彼らは、各地域の特産物を持って海を往復し、交易をおこなっていた。当時としては超重要な民族だっただろう。
「海を渡ったモンゴロイド」の著者後藤氏はオーストロネシア語とは、交易言語であったというおもしろい説を提唱している。

スンダランドは全体的になだらかな平野で、海岸線は入りくんでおり、島々も多かった。その土地が氷河期終焉とともにゆっくりと海に侵食されていくのである。海上文化を発展させる環境が整っていたのに加え、外洋へのりだし新たな島を開拓する強い動機を彼らは持っていたのだ。

太平洋上未踏の島を制覇した開拓者たち

人類未踏の地、ハワイ、イースター島ニュージーランドに出て行った人々は、まさにその自然史的にも重要な時代に生きていた。
まずフィジー、トンガ、サモアなどに渡った民族がポリネシア文化を発祥した。
そして彼らはさらに外洋の航海へと旅立つ。紀元300年には太平洋の東を制覇。イースター島に到達する。
紀元400年にはハワイを発見。そして紀元1000年にはついにニュージーランドに到達し、この時点で人類は地球上の生活可能な主要な島にほぼ住み着いてしまったのである。

最も驚くべきはマダガスカルである。
マダガスカル人の祖先は、言語的類似性、DNA解析結果の両方がスンダランド起源を支持していて、ほぼ定説となっている。*4
「銃・病原菌・鉄」によると、アフリカ大陸東海岸には、オーストロネシア人と交流があった痕跡が今のところ無いという。
これはつまり、マダガスカルへ到達したオーストロネシア人がアフリカ大陸を経由したわけではないことを示している。インド洋を縦断してほぼ直線的にスンダランドからマダガスカルに到達した可能性がある。だとするとミラクルだが、マダガスカル人の移動についてはまだ謎の部分が大きい。

「海を渡ったモンゴロイド」は太平洋制覇を可能とした2000年近くも前の航海の詳細に触れているが、なかなか想像を上回る内容なので、興味ある人にはおすすめできる。


*1:アフリカ単一起源説。

*2:ただし南北アメリカ大陸は氷河期にユーラシア大陸と陸続きになることがあるので、海を渡る必要がなかった可能性はある。

*3:土器の類似性とDNA解析の結果から「銃・病原菌・鉄」では、台湾起源説を唱えられており、これが一般的な見解でもあるらしい。けれども「海を渡ったモンゴロイド」の著者後藤氏はスンダランド中心説を唱えていてこれが興味深い。この説はDNA解析結果とも矛盾せず、当時の文明の実態をより深く洞察していると個人的には思った。

*4:スンダランド起源のオーストロネシア人と黒人の混血。