宇宙スープ

Once upon a time, the Universe expanded from an extremely dense and hot soup

社会問題としての肥満の真実

突然ですが問題です。
抗生物質がもっとも利用される現場はどこ?』

抗生物質はご存知の通り細菌などの微生物を殺したり、増殖を止めたりする薬である。細菌系の病気に罹ったときに処方される薬としておなじみだが、わざわざクイズにするということは、こたえは『医療現場』ではない。

こたえは、『畜産農家』である。

家畜である肉牛のエサには成長促進剤なるものが含まれていて、これには多くの抗生物質が含まれている。小柄なヒトが風邪をひいたときにだけ処方する医療用抗生物質に対して、大柄なウシが日常的に摂取する畜産用抗生物質の量は段違いだ。製薬会社から見ると、医療用として販売する抗生物質の売上よりも、畜産用のそれの方が大きいという。

なぜ牛に抗生物質を与える必要があるのか?その目的は、牛を病気から守るためではないらしい。実は、抗生物質を与えた牛はそうでない牛よりも、大きく育つことが分かっているのである。これによってエサのコストに対して出荷される肉のkgを増やすことができる。畜産農家は利益を最大化するために抗生物質を使用するのだ。

畜産牛に恒常的に抗生物質を与えまくることは、抗生物質乱用による耐性菌問題、すなわち抗生物質に耐性がある細菌の登場を促し、既存の抗生物質で治療不可能な致死性疫病の蔓延を許すリスクを増大させるとして、世界的に警鐘がならされている。しかしそれはたしかに深刻な問題だが、今回私が問題にしたいのはそれとは別のことである。「抗生物質そのもの」が人体に有害となる可能性について言及する。
今から書くことは、おそらく医療現場の常識としてまだあまり浸透していない。問題の因果関係が完全に証明された研究もおそらくほとんどない(そもそも因果の証明が相当困難な分野ではあるが)。にもかかわらず、多くの人の不安を煽る内容で、特に妊娠中や小さい子どもを持つ親の不安を不必要に煽るものとなるかもしれない。けれどあえて書く。近い将来、以下の本が警告する内容が常識となると思っている(なぜそう思うかは別の記事で書きたい)。

追記:書きました*1

失われてゆく、我々の内なる細菌

失われてゆく、我々の内なる細菌

 

 細菌初心者のわれわれは、まず人体には有菌空間と無菌空間があることを知らなければならない。皮膚表面や体毛、そして口腔、消化器を経て、肛門までの経路には無数の細菌が棲息している。一方でそれ以外の場所、各種臓器や腹膜や血液といった器官は完全な無菌空間である。免疫システムの敗北によってこれら無菌空間に細菌が侵入することがあれば、一刻もはやく抗生物質で治療しなければ数時間で死に至る。症例として敗血症や髄膜炎などが有名である。

そのため、必要な状況では間違っても抗生物質の使用を躊躇してはいけない。そんなことは医師が十二分に分かっているので医師の診断に任せておけばいいが、「抗生物質を処方しなくてもよい場面で、抗生物質を処方しない」という判断は医師にとっては難しい。「念のため処方しておくか」という意識がはたらくからである。
ご存知のかたも多いと思うが、ほとんどの風邪はウイルス性なので抗生物質が効かないのだが、念のため抗生物質が処方されることがある。

抗生物質を投与すると、それに晒された細菌は増殖できなくなり、死滅していく。人体のすみずみに満遍なく抗生物質が浸透するということはありえないので、全細菌が死滅するということはないが、細菌から見ると天変地異レベルの大災害である。
時間が経てば幸運にも生き残った細菌が増殖して、すき間を埋めることになる。これが繰り返されると、何度も大災害を生き残った細菌だけが増殖してすき間を埋めるので、細菌の多様性が失われることになる。

「細菌の多様性喪失」こそ、抗生物質が人体に及ぼす影響である。実はこれが、昨今急速に増えている現代病の原因なのではないか、という説がある。抗生物質の実用化が成し遂げられたのは第二次世界大戦中だったが、戦後急増していると見られているものに「肥満」があり、「1型糖尿病」、「ぜんそく」、「花粉症」、「食物アレルギー」がある。これらは全て「細菌の多様性喪失」によって引き起こされるものではないか、と疑われている。特に「ぜんそく」、「花粉症」、「食物アレルギー」などのアレルギー系疾患についてはかなり説得力がある。これらアレルギーは、こどものころに発症しやすかったり、何の前触れもなく突如発症する特徴がある。しかしそれが特定の種の細菌の絶滅によるものだとすれば、論理的な説明がつく。こどものころに食物アレルギーや、ぜんそくが多いのは、生後細菌の多様性を獲得できていないからだと考えられる(後述のように胎児は無菌空間から産まれてくる)。
また、「1型糖尿病」の発症メカニズムもアレルギーと似ている。免疫系の過剰防衛が引き起こす。

「細菌の多様性喪失」の一因と考えられている要因はほかにもある。それは「帝王切開」である。
子宮内は無菌空間だが、産道は有菌空間なのだ。つまり、通常赤ちゃんは無菌空間で成長し、生まれるときに産道を通ることで、体の表面や口から母親の細菌セットを継承して産まれてくる。この細菌セットは代々受け継がれる秘伝のたれのようなものだ。帝王切開の場合は産道を通らないため、秘伝のたれを受け取ることができない。赤ちゃんはゼロから身の回りの細菌をかき集めてこなければいけないことになる。

そして、「細菌の多様性喪失」の影響として、「肥満」があげられることにはかなり驚かされる。「失われてゆく、我々の内なる細菌」によれば、幼少期の抗生物質の過剰使用が太りやすい体質を生む可能性が示唆されている。
太りやすい体質にはもちろん、遺伝的要因や飽食の時代という時代的要因もあるだろう。しかし戦後、全世界で成人のBMI指数が急上昇していること、発展途上国もこの例にもれずBMI指数が上昇していることを考えると、「飽食の時代になったから」という説明だけに依存するのはかなり危険な気がする。現段階では、抗生物質による影響をわれわれは念頭に置いておく必要があると思う。なにしろ、「抗生物質で太る」ことをウシは実証しているのだ。