宇宙スープ

Once upon a time, the Universe expanded from an extremely dense and hot soup

なぜ南アフリカの殺人発生率は高いのか?

南アフリカと言えば、世界最悪クラスの治安の悪い国として有名である。
2014年の国別殺人発生率で比較すると世界ワースト9位に位置する。一般的に殺人発生率はGDPと負の相関があることが知られている(GDPが大きいほど、殺人発生率は下がる傾向がある)。その相関を補正して見ると、ある程度以上の規模の国家の中ではベネズエラに次ぐワースト2位。

以下が国別、都市別の南アフリカの治安の悪さを物語るデータだ。

世界の殺人発生率 国別ランキング - Global Note

国の国内総生産順リスト (為替レート) - Wikipedia

順位 国名 殺人発生率(件/10万人) GDP世界ランク GDP
1 ホンジュラス 74.55  108  18,550
2 エルサルバドル 64.19 103 24,259 
3 ベネズエラ 62.00 26 509,964 
4 米領ヴァージン諸島 52.83 - -
5 レソト 37.99 161 2,335
6 ジャマイカ 36.11  119 14,362 
7 ベリーズ 34.38 167  1,624 
8 セントクリストファー・ネイビス 33.33 179 766
9 南アフリカ 32.99 33   349,817
10 グアテマラ 31.21 77  53,797 


www.independent.co.uk

 南アフリカの突出した凶悪犯罪が生まれる背景には、それなりの原因があると考えられる。「南アフリカの衝撃」にその凶悪犯罪を生む土壌についての記載がある。その実態を紹介したい。

南アフリカの衝撃 日経プレミアシリーズ

南アフリカの衝撃 日経プレミアシリーズ

 

南アフリカの大問題、格差問題と失業率

 アフリカ大陸屈指の経済力を誇る南アフリカになにがおこっているのだろう?GDPが大きいにもかかわらずここまでの殺人発生率をたたき出す要因としては、貧富の格差があまりにもでかいことが考えられる。
実際に以下サイトで世界銀行調査のジニ係数(貧富の格差をあらわす指標で、100に近いほど格差が大きいことを示す)を確認できるが、格差が大きい順に並べると、南アフリカがダントツの1位に浮上してきた*1。他の追随を許さない63.38である。ちなみにこの文脈のデータで、格差拡大が問題視されているアメリカでさえジニ係数は41.06(2013年)に過ぎない。南アフリカの経済格差は異常事態である。

http://iresearch.worldbank.org/PovcalNet/povOnDemand.aspx

Country Year Gini index
South Africa 2011 63.38
Namibia 2009.54 60.97
Haiti 2012 60.79
Zambia 2010 55.62
Lesotho 2010 54.18
Colombia 2014 53.5
Paraguay 2014 51.67
Brazil 2014 51.48
Panama 2014 50.7
Guinea-Bissau 2010 50.66

 さて、専制国家でも独裁国家でもない南アフリカがなぜここまでのジニ係数をたたき出せるのか?失業率を見るとこれまた驚愕の数字が出てくる。2015年のデータでは25.37%*2。世界3位をマークする。5300万の人口がいるので、実に1500万にものぼる失業者およびニートが存在することになる。

 異常な格差、失業率、殺人発生率、これらの元凶をうんだ背景は、やはり「アパルトヘイト」に集約される。「アパルトヘイト」と言えば、私が生まれたころにもまだ存在していた人種差別法である。それが脅威の殺人発生率におよぼした影響を3つあげたい。

産業の健全な成長を阻害したアパルトヘイト

 アパルトヘイトは国際社会から猛烈な批判を受けており、経済制裁を受けていた。そのため南アフリカは自国の成長戦略として、独占的に産出していたレアメタルを除けば、製造業などの輸出産業をあてにできなかった。その結果、南アフリカ全人口の10%に満たないマイノリティである白人向けの内需をベースとする事業しか育たなかったのである。深刻な産業の発達障害を起こしてしまったということだ。
この構造は膨大な失業者をうむ土壌となった。

農村を破壊したアパルトヘイト

 アパルトヘイト政策では白人が黒人から土地を取り上げた。裕福な白人は産業構造の変遷に伴って第二次産業第三次産業にシフトしていったため、農村がことごとく破壊された。農村のコミュニティはある種セーフティネット的な役割を果たす。むきだしの競争、拝金主義の大都市からのがれられる場でもある。それが破壊された国で大量の失業者が出るということは、反社会的勢力の拡大を許すということでもある。
実際にアパルトヘイト運動自体もこのエネルギーを源泉として盛り上がった側面がある。

アパルトヘイト運動によってうまれたロストジェネレーション

 反アパルトヘイト運動は正真正銘、内なる革命だった。差別の対象であった「黒人」が運動をおこし、その運動によって勝ちとった革命であった。反アパルトヘイトの重要な運動の1つに「ソウェト蜂起 - Wikipedia」がある。
ソウェト蜂起では、学生が中心となり激しい抗議活動が展開され、その一貫で学校のボイコットがおこなわれた。このボイコット世代の多くは、青年期に教育を受けなかったために、アパルトヘイト全廃を勝ちとって以降も仕事がなく、できることがなくなってしまったのだ。この世代はロストジェネレーションとよばれ、数百万のオーダーで存在するという。

 反アパルトヘイトを成功に導いたこの運動は、副作用として多くのドロップアウト者を出してしまったのである。この世代は高失業率と農村の破壊によっていきばを失い、その多くがダークサイドへ堕ち、驚異の殺人発生率の基盤ができあがってしまった。

 考えてみれば、既存の仕組みを破壊する力と、新しい仕組みを創造する力はまったくのベツモノだ。革命運動の多くは、「破壊の力」に長けた人たちの運動である。けれど問題の根が深ければ深いほど、革命後の「再構築する力」が重要になってくるのだろう。

 ロシア革命がおこった際にも似たような社会の混乱があった。1917年のロシア革命に50年先立って、「農奴解放」がうけいれられた。農地に縛られていた奴隷は自由を勝ちとったにもかかわらず、あまりにも貴族の利益を担保したうえでの農奴解放だったため、多くの解放奴隷はかえって貧困に苦しむこととなった。このとき不満をためた勢力が人類史上初の社会主義国家を樹立する原動力となったのである。

 現在のシリアの混乱もこれと少し似ている。シリア内戦の元は「アラブの春」という中東を席巻した民主化運動であった。このビッグウェーブにのった民主化勢力がアサド政権打倒をもくろんだが、内戦は泥沼化している。結局なにを守るためにたたかっているのかわけがわからない状況になってしまった。

 反アパルトヘイト運動は人類史に残る偉大な革命を成功させた。にもかかわらず、アパルトヘイト時代の負債が根深いばかりに、多くの黒人は依然世間で評価されているほど恩恵を受けてないように思われる。この革命が南アフリカにとって重要な一歩であったことは間違いないが、先はまだ長い。

*1:2010年以降データが存在する国のみを対象にしている

*2:世界の失業率ランキング - 世界経済のネタ帳

1000年後の未来人からバカにされる現代人の特徴はなんだろう?

現代人から見ると、中世や古代、先史時代の人々はとてつもなくアホに見えることがある。

ヒエログリフの解読が困難だった理由

たとえば、古代エジプトの文字、ヒエログリフの仕様の話だ。
ヒエログリフの解読は非常に難しかったというが、その理由の1つに、「文字を読む順番」がある。

神聖文字/ヒエログリフ

ヒエログリフの解読が困難な理由のひとつは文字の配列である。原則として右から左に詠むが、人や鳥の絵文字があった場合にはその頭部が向いている方が文頭になる。つまり人や鳥が左を向いている場合は左から右へ、右を向いている場合は右から左に読む。さらに位の高い神(オシリスやアヌピスなど)があると文中の人や鳥は皆楚の方を向いてしまう。そのため読む方向がわかりづらくなり、行ごとに向きが変わったり、下から上に読んだりする。

アホすぎである。
まるでこどもが考えだした独自ルールだ。
けれどもこの言語仕様から、当時の人々にとって王や神といった概念がいかに重要なものだったかが推測できる。

モンゴル帝国建国のチンギス・ハンの逸話

権力争いにおいても昔の人々のアホさがにじみ出る案件をしばしば目にする。

Mongol Empire - Wikipedia

Genghis rewarded those who had been loyal to him and placed them in high positions, placing them as heads of army units and households, even though many of his allies had been from very low-rank clans.

チンギス・ハンは彼に忠実であった部下を優遇し、軍のリーダーや側近など重要な役職として起用した。その者たちのほとんどが低い身分の出身であったにもかかわらず。

(訳:私)

歴史上最大の帝国となったモンゴル帝国の始祖チンギス・ハンは、身分にかかわらず忠実な部下を登用したとある。現代では、政治家や起業家が成功した秘訣として、わざわざこのような要因が登ることはない。「身分にかかわらず実力のある者を登用する」など今や当たり前の時代だからだ。

しかし、わざわざこのような記述が現代に伝わるということは、当時のほとんど全ての権力者が「身分制度」という常識にとらわれていたことを示す。だからこそ、その常識を疑ったチンギス・ハンが大帝国を築き上げるに至るのである。

1000年後の未来人からバカにされること

昔の人々は、「王」、「神」、「身分制度」などの常識にとらわれすぎていた。

現代の人々はどうだろう?
現代では、多くの国が国民主権を信奉し、信教の自由を保障し、科学技術を重視している。差別は根強く残るが、それが公の場で肯定されることもなくなった。前述のような「間違った常識」は社会の表舞台ではおおかた克服されたと言っていいと思う。

けれども、私たちは「間違った常識」を全て克服できたのだろうか?
1000年後も今と同じ価値観で暮らしているだろうか?

そんなはずはない。
1000年後の未来人からとてつもなくアホに見える言動が、わたしたち現代人が常識と思っているものの中にあるはずである。

それは、「カネ」じゃないかと最近考えている。

gigazine.net

従業員の給料をアップさせるために、Price氏は自身の給与額を110万ドル(約1億3000万円)から7万ドルに引き下げ、従業員をクビにすることなく最低賃金を増やす計画で、70人の従業員が昇給し、そのうち30人の給料は倍以上に増やすことができたそうです。

最低賃金を上げるためにGravity Payments社のCEOは自らの給与を削った。しかも1/10以下に。
この行動は現代の私たちから見てもネジが数本ぶっ飛んでいる。
ちょうどモンゴル帝国の登用システムが当時はぶっ飛んだ発想だったように。
Gravity Payments CEOのPrice氏が今後も大きな成功を修めるに至れば、1000年後の未来人が読むWikipediaにもこのエピソードが盛り込まれる、とそんなことを思った。

現代人には、個人が稼いだ「カネ」や「利益」を他人のために使う、分け与えるという発想が少ない。都市では個人主義が猛威を振るい、「他人のことは知らん」が正当化される時代である。アメリカでは格差拡大が深刻化し、目立った是正の動きもない。ごくわずかな慈善事業家を除けば、富裕層の大半も一般人と同じ程度に金に固執している。日本においても、自分も含め多くの人が「こどもの貧困」などの諸問題に無関心で居続けるのも根は同じである。

これはたぶん権力者や富裕層だけの問題ではない。多くの人々がその常識から脱却しない限り、社会レベルでは変革しない。現代のインドでは「カースト」による差別が憲法で禁止されているにもかかわらず、国民がそれを克服できていないがためにカーストの影響力が未だに強い。

現代人が今後1000年かけて闘うべき相手は「カネ」だと思う。未来人から軽蔑されないために、行動しなければいけない。NHKスペシャルを見てそういうことを思った。

www.nhk.or.jp

超遺伝子と減数分裂で理解するイーブイ進化の仕組み(3)

metheglin.hatenablog.com

metheglin.hatenablog.com

前回の記事で減数分裂と遺伝子とはなにか?を解説し、イーブイ進化の仕組みを理解する上で遺伝的連鎖という概念が重要だというところまで説明した。

遺伝的連鎖とはなにか?

遺伝的連鎖 - Wikipedia

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上記図を例に考えてみる。
仮に「目の色」、「肌の色」、「背の高さ」、「手足の長さ」を決定する遺伝子があると仮定しよう。それらが、各染色体上に図のように分布しているとする。
前回までの減数分裂の説明によると、染色体と染色体の間はランダムに切断されるため、「目の色」とは無関係に「手足の長さ」は遺伝することになる。

ところが、「目の色」、「肌の色」、「背の高さ」は状況が違う。それらは同じ染色体上に乗っているためだ。1つの染色体上にあいのりしている遺伝子たちは、他の染色体上に乗っている遺伝子よりもいっしょに次世代に継承される確率が高い。(継承されない場合は、いっしょに継承されない確率が高い)
前回説明のとおり、減数分裂時に1つの染色体上の塩基配列は途中で切れることもある(乗り換え/交叉)が、ぐちゃぐちゃに細切れに切れて混ざるものではないので、同じ染色体上の遺伝子グループは確率的に同じように動くのである。
この例では、「目の色」、「肌の色」、「背の高さ」はセットで片親由来の特徴から遺伝しやすいということになる。

これは親と親の中間の特徴を持ったこどもが生まれにくいということを意味する!
同じ染色体上にのった遺伝子が決定する個体の特徴は、正規分布せず、2極化すると言ってもいい。

この現象を遺伝的連鎖という。

もっと言えば、上図では、1番目染色体上に「目の色」、「肌の色」、「背の高さ」の遺伝子が乗っているが、「目の色」と「背の高さ」の遺伝子は遠く離れていて染色体の最上部と最下部に位置する。
ここまで距離が遠くなると、同じ染色体上と言えども、染色体上のどこか1箇所で乗り換え(交叉)が発生したら、離れ離れになってしまう。それらの形質の遺伝は比較的独立に起こりやすくなってしまう。

つまり「遺伝子Aと遺伝子Bの連鎖しやすさは、同染色体上の塩基配列に位置するAとBの距離の近さ」だといえる。

超遺伝子とはなにか?

さて、ここまでの説明で、実はイーブイ進化の神秘解明まであと一歩まで来ている。
減数分裂の物理的制約上、遺伝的連鎖という現象によって、”中間の種が生まれにくい”メカニズムを解明できたからだ。

中間の特徴の種が生まれにくいということは、「シャワーズ」と「ブースター」の子どもは「シャースター」や「ブワーズ」にはなりにくく、あくまでも「シャワーズ」または「ブースター」の遺伝子をもって産まれてくるということだ。

実は、今まで説明した遺伝的連鎖の仕組みを使って、同じ種でありながら、互いに全く異なる特徴を持つ個体に変態(ポケモンの場合は進化)する生物がポケモンの世界だけでなく現実世界にも存在する。

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Heliconius numata - Wikipedia

この写真はWikipedia引用だが、ヌマタドクチョウという蝶である。
サナギから成虫に変態(ポケモンの場合は進化)するヌマタドクチョウはこれら数種の羽模様パターンから1種が選ばれて蝶となる。まるでイーブイだ!

とりわけ圧巻なのは、この羽模様すべてが別種の毒蝶のパターンを真似ている(擬態)という点だ。
毒を持った別種の蝶と外見を似せるという擬態は、失敗が許されないシビアな芸当である。ちょっとでも似せることができなければ見分けれられて捕食されてしまう。
ヌマタドクチョウにとっては、各パターンの中間の模様ができることが許されないのだ。そういうシビアさもあってか、自然界には写真のパターンの中間模様をもつ個体は発見されていないという。

単純な減数分裂の仕組みでは、ジャガーのような模様の蝶と蟹の足のような模様の蝶が交配すれば、その中間の模様を持つ蝶が生まれるのが自然である。
しかし、遺伝的連鎖が究極に先鋭化したゲノムにおいては、高確率で中間種の登場を避けることが可能である。

多数の遺伝子グループが塩基配列上のかなり近い場所に集約されて並び、遺伝的連鎖が究極に先鋭化した状態、これを超遺伝子(supergene)という。
超遺伝子をもったゲノムは、個体の外見や性質に広範囲に影響するほど多くの遺伝子を同染色体上の1箇所に集中して保持している。

www.natureasia.com

どのようにしてこんな奇跡的なゲノムができあがるのか?最後にその仕組みを説明したい。

超遺伝子はどのように作られるのか?

減数分裂時に染色体が途中で切れてあいかたの断片とおきかわる現象(乗り換え/交叉)を紹介してきたが、切れた染色体の断片は逆さまになってつながったり(逆位)、場合によってはある染色体で切れた塩基配列片が別の染色体につながる(転座)こともある。切断された断片がどこかへいってしまい、塩基配列数が足りなくなることもある(欠損)。

これが何世代も何世代も繰り返され、非常に多くの遺伝子が染色体の1箇所に見事に結集することがありえる。
たとえば以下図のような具合で。
最終的に「目の色」、「肌の色」、「背の高さ」、「手足の長さ」が1番染色体の上部に集まった。

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まとめます。

イーブイが進化(変態)時に複数パターンの形質を発現できるのは、減数分裂時に逆位、転座、欠損などが起こることによって、炎であれば炎を扱うのに優れた遺伝子がゲノム上の1箇所に集結し、遺伝的連鎖効果を極限まで高めたことによって実現できたと考えられる。

イーブイゲノム解析が待たれる。 

 

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

 

 

超遺伝子と減数分裂で理解するイーブイ進化の仕組み(2)

metheglin.hatenablog.com

前回イーブイの進化パターンの違いは個人差のレベルを超えているということを書いた。このことをよく理解するために、遺伝子とは何かを理解する必要がある。

利己的な遺伝子」とWikipediaの各説明をかみ砕いて解釈したところでは、遺伝のプロセスは以降の説明のように理解できる。シンプルなモデルとしてはこれで十分かと思うが、もし誤りあればご指摘ください。

減数分裂とは何か?

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すべての細胞の核の中には染色体が埋め込まれている。
ヒトの場合、染色体は23個が2組で対になっており、計46個ある。
染色体の中にはえんえんとDNA塩基配列のコードが収容されている。

通常、体細胞分裂時には、この46個全ての染色体がまるごとほぼ正確にコピーされるが、生殖細胞については例外である。生殖細胞は、体細胞から「減数分裂」という分裂で作られる。
減数分裂すると、互いに対となる染色体のどちらかだけが選ばれて、23個×1組=23個の染色体をもった生殖細胞が作られる。

父と母それぞれの生殖細胞が受精すると、23個染色体セットを両親から1本ずつ、計23×2組=46個もらい、新たな生命となる体細胞が完成する。

ここまでの説明では、減数分裂時に1番目の染色体がとりうるパターンは2通り(父系の1番染色体か母系の1番染色体かのどちらか)である。2番目、3番目、...、23番目の染色体も同様に2通りである。
つまり、減数分裂で現れる生殖細胞のDNAパターンは2^23(2の23乗)=838万程度である。
これはDNAパターンとしては心もとない。1回の射精で数億の精子が放出されると考えると、精子1匹1匹の個性はほぼ無いと言っていい。1回の放出精子群の中だけでも数十匹は自分と全く同じ精子がいることになる。

しかし精子の個性喪失を心配する必要はない。現実はそこまでシンプルじゃないらしい。

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 実際には上図のように染色体の途中で切れてつながったり、染色体の途中が置き換わったりする。これを乗り換え(交叉)と言う。それを考慮すると、DNAパターンは無数にある。

 ということは、父系DNAと母系DNAの特徴は完全にランダムにまざり合ってしまうのだろうか?
そうではない。完全なランダムではない。
これを理解してもらうために、次は遺伝子とはなにかを説明する。

遺伝子とは何か?

 遺伝子という言葉は、「遺伝現象を司るなんらかの因子があるはずだ」というメンデルの仮説がもとになっている。しかしよくよく調べると、遺伝現象を司る因子は様々なレイヤで様々な解釈が可能だった。そのため”遺伝子”が示す実体は、使う人によって、文脈によって変わる。

DNA塩基配列は一見すると単なる分子の配列にすぎない。ただしそれは、その配列をそっくりそのままコピーできるという魔法の分子配列だ。地球上に生命が誕生しようとしていたころ、DNAの祖先はせっせと自分自身を複製し続ける奇妙な分子構造だったと思われる。

ところがその塩基配列が一定の長さを超え、特定の並びを完成させたとき、奇跡的なことが起こる。その配列が化学反応を誘発してたんぱく質を製造し始める(発現する)のである。
そのたんぱく質がDNA自身を覆うと「細胞」となり、DNAは外界の雨風を凌ぐ緩衝材を手に入れる。そういう特定の並びを完成させたDNAはそうでないDNAよりも寿命が永く、複製力が強かった。それ以降の生命の進化はダーウィン自然淘汰説でご存知の通りである。

ここで分かるのは、染色体の中身、えんえん続くDNA塩基配列を根気よく見ていくと、「たんぱく質を製造できる奇跡の並び」がいたるところに現れるということだ。
このように、「たんぱく質と結びついた塩基配列の並び」が遺伝子の最狭義とされている。学術的にはこの遺伝単位を「シストロン」とよぶ。

そしてそれらは近年研究が目覚ましいゲノム解析のおかげで、ヒトの特徴と結び付けられることが分かりつつある。つまり、下図:左のように、「目の色を決定する塩基の並び」、「肌の色を決定する塩基の並び」、...という具合である。

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さて。
ここで減数分裂を再考できる。上図のように23個×2組の染色体を縦1次元に並べて考える。
減数分裂では父系か母系のどちらかの染色体が選ばれるので、1番目染色体と2番目染色体の間で切れる(遺伝元が異なる)確率は1/2である(上図:右)。

さきほど減数分裂は単純ではなく、染色体の途中で塩基配列が切断されてもう一方とつながることがあること(乗り換え/交叉)を述べた。
けれど、染色体上の遺伝子(シストロン)数は膨大なので、個々のシストロンとシストロンの間で切れる確率はかなり低い。
交叉によって、シストロンの途中で切れることはさらに珍しい*1が、全く起きないわけでもない。

要するに、ぐちゃぐちゃに2組の塩基配列がまざるわけではなく、切断されるポイントは確率的に決まっているのである。

父系DNAと母系DNAがどのようにまざるかは厳密には分からない、しかしある程度確率的に決まっており規則性がある。この規則性が重要である。
これが分かると一気にイーブイ進化の謎に迫ることができる。
謎を紐解く手がかりとなるのは、遺伝的連鎖という概念である。

 

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

 

 

*1:なぜ珍しいかは調べきれていない。おそらく塩基配列中のシストロン部よりもシストロンでない部分の方がはるかに大きいということでないかと推測してるが、ご存知のかたいたら教えてください。

超遺伝子と減数分裂で理解するイーブイ進化の仕組み(1)

ポケモンユーザはご存知のように、イーブイというポケモンが存在する。
イーブイは数あるポケモン種の中でも異彩を放っている。1つの個体が互いに全く特徴の異なる複数の形態に進化する可能性を秘めて生まれてくるのである。

f:id:metheglin:20161031213538p:plain

どうしてそのような芸当が可能なのか?
以下イーブイ進化のメカニズムを解説する*1

一般的なポケモンの進化

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ポケモン進化の説明として最もわかりやすい説明はキャタピーだろう。
幼虫(キャタピー)はサナギ(トランセル)となり、やがて成虫(バタフリー)として飛び立つ。これらの形態変化は1個体の1生涯の間におこなわれる。
このタイプの進化(変態)は馴染み深いが、よく考えると1生涯の間で形態がまったく変わってしまうとは不思議だ。

この仕組みは、「ある遺伝子群が活性するタイミングのずれ」で説明できる。

産まれてから1ヶ月間だけ活性する遺伝子群、その後の3ヶ月間だけ活性する遺伝子群、その後の1ヶ月間だけ活性する遺伝子群...というのがあり、それぞれの期間のはたらきの違いによって外見が変わるということだ。
私たちヒトにおいても、赤ちゃんは良く成長するのに大人は成長が止まるのは、これと同じ仕組みだと言える。

イーブイの進化

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ところがイーブイの進化はそれと訳が違う。

イーブイキャタピーと同じように機が熟すと進化するのだが、あるものは水をまとい、あるものは電気を帯び、あるものは炎をまとうようになる。進化に数種類のパターンがある。そしてこの進化後のパターンの特徴の違いは遺伝子の個人差(個体差)のレベルを逸脱している。
もし、このパターンの違いが”個人差”として説明できるものならば、「皮膚は炎のように赤く、体毛は電流を帯びて逆立ち、尻尾にはみずみずしいヒレがある」のような進化をする個体が一定数いないとおかしい。
しかしふつうに考えれば、燃え盛る炎に耐性のある皮膚は、水中では全く役に立たない。「炎の耐性がある」と「泳ぎが得意」という2つの強みが互いに相反するので、そういう特徴を持った個体は厳しい自然界を生き残ることができず、結果それら遺伝子を次世代に継承することもできない。
つまり、炎をうまく扱える特徴をからだじゅうのすみずみに一貫して持って初めてブースターを形成する遺伝子群は意味を持つのだ。

ところがからだじゅうのすみずみの特徴を決めるためには膨大な遺伝子が必要になる。
でも、たくさんの遺伝子が一貫してこどもに継承されなければいけないのだとすると、たとえばブースターとシャワーズから生まれたこどもはどうなるだろう?
ふつうに考えれば、2者の特徴の中間となる種ができてしまう。

このことをもっとよく理解するために、私たちは遺伝子とはなにか?そして有性生殖を司る減数分裂という仕組みを知らなければならない。

 

*1:厳密にはこれを”進化”とよぶのは誤っている。”進化”とは多数の世代を経て選択される遺伝子が変化していくプロセスを言う。1個体がその生涯を経て形態を変えることは”変態”という。

プログラミング言語はもう一度革命を起こす

20世紀という時代は奇跡的な世紀だった。人間の生活の根幹を変えうるいくつもの発見と発明にあふれた。

1953年ワトソン&クリックがDNA螺旋構造を発見した。これは現在にゲノム解析、ゲノム編集などの技術に引き継がれ、人類は恐るべき力を手にしようとしている。
1969年アポロ11号計画で人類が月面に着陸した。現在は火星移住が本格的に計画され始め、人類は惑星を越えてフロンティアを求めようとしている。

これらの偉業は当時最高潮に期待を集めた。しかし、21世紀現在の私たちが答え合わせ的視点で振り返ると、真に革命的だったのは1940年代ノイマン型コンピュータの始まりであり、1960年インターネットの始まりだろう。2016年現時点では、宇宙と生命科学の実績とは比べ物にならないほどIT革命は私たちの生活に浸透した。コンピュータおよびインターネットは勃興当初それほど注目されてはいなかったにもかかわらずだ。

コンピュータの起源

コンピュータの起源は計算機である。
世界大戦時は、計算屋という職業が存在した。物理シミュレーションのための膨大な計算をひたすらこなす部隊である。当時は兵器の弾道や威力などを物理計算して正確に見積もりできるかどうかが戦争の明暗を分ける死活問題であった。
第二次世界大戦を経て、ジョン・フォン・ノイマン”計算”への大きな需要があることを悟った。皮肉にもそれは”計算”が戦争をも制することを象徴する「マンハッタン計画」の成功を見てのことだったという。20世紀屈指と言われるノイマンの頭脳リソースが彼のキャリアを通してコンピュータ誕生に捧げられることになる瞬間だった。
その後もしばらくは現在のスーパーコンピュータのような使われ方が主だった。物理系シミュレーションのための数値計算機として。初期コンピュータの進化は、流体力学など”計算”がボトルネックとなっていた数々の科学分野の発展と共にある。

ところが今となってはコンピュータを計算機と認識できている人の方が少ないだろう。50年以上経った今、当時とは変わり果てた多様な使われ方をしている。

物理計算の枠を超え、IT技術の驚異的な進化を可能にしたものはなんだったのだろう?私たちが普段使っている”文字”の起源を知って、その理由が分かった気がする。
変貌を主導したのはプログラミング言語である。

文字の起源

現在も少数民族には文字を持たない文化は多い。
日本人からすると信じがたいが、これはシンプルに考えたほうがいい。
言葉でコミュニケーションをとる動物は人間以外にも数多く存在するが、文字を持つ動物はいない。原始人類も高度な文明で帝国をも築いたインカでさえもそうだった。
現代でも識字率が低い国があるが、そういった人々が一定数いるということは多少不便ではあるかもしれないが暮らしてはいけるということだ。
本来、話言葉は必要でも文字は生活に不要なのだ。

文字の出現は農耕が引き金だったと考えられる。
農耕の開始によって、多くの人が協力して1つの成果物を目指す。分業が始まり、人々は定住が可能になり、都市が生まれ、余剰食糧がもたらされる。その結果収穫された作物を分配するという仕組みが必要になる。徴税と再分配は統治機構の役割である。その先には必然的に国家が生まれる。農耕の出現はそれ以前とは根本的に人間の生活を変えたのだった。
そういった複雑化、階層化する社会に文字は大いに役にたった。

象形文字の問題点

はじめの文字は絵文字のような象形文字だった。この時代の文字の読み書きは専門家の職人芸だった。その専門家とはおそらくはじめは会計係だ。世界最古と言われるシュメール人楔形文字の痕跡は収支記録として残されている。

ひとたび国家が収支記録に文字を使う便利さを味わうと、外部記憶に情報を保存するニーズは急激に高まることが予想できる。おそらくこんなこともこんなことも記録したいと、官僚たちは文字の専門家に要請しただろう。
しかし文字ニーズが拡大すると大きな問題が浮上する。
象形文字とは、絵をシンプルに記号化したものである。「ネコ:cat:」、「太陽:sunny:」、「目:eye:」などは絵で描きやすいとしても、「色」、「明日」、「病」など絵で表現が困難な概念は無数に存在する。ましてRetinaディスプレイはおろか万年筆もない時代。粘土板をひっかく程度の粗さでも表現できるシンプルな記号でなければならない。ここで象形文字は行き詰まりを迎えた。

この打開策として文字専門家はいくつかの突破口を見出した。

象形文字組み合わせ法

1つは象形文字を組み合わせて新たな概念を作るパラダイムである。たとえば、「頭」と「パン」を表す象形文字を組み合わせて「食べる」という意味を表す。
この象形文字の組み合わせによって表現力を高める手法は一定の成功を修めたことが、部首というテクニックをふんだんに使った”漢字”の成功を見ると推測できる。とは言え、「頭+パン=食べる」のような脆弱なルールでは、「噛む」「なめる」「吐く」などと意味が混同してしまう。「アンパンマン」のような高度な概念は望むべくもない。

改めて考えると漢字という壮大な文字セットを構築した中国人はすごい。
「噛」「吐」「舐」「面包超人(アンパンマン)」
一貫性のあるデザインでこれら無数の概念を表現してしまっている。
けれども漢字編纂者のような天才的デザインセンスの持ち主がどの古代文明にもいたとは限らない。
しかも、意味の伝達という根本的目的に立ち戻ると、美しくデザインされた漢字と言えども最適な解だったと言えるだろうか?多くの日本人が怒り狂う厚切りジェイソンを見てはっとさせられたに違いない。

絵で表現が困難な概念を記号化する手法として別の解を考えだしたグループもあった。

同音異義語

もう1つの重要な潮流は同音異義語パラダイムである。

同音異義語法は記号化困難な概念を、それと同じ(または似た)発音を持つ記号化しやすい文字で表現するという方法である。「銃・病原菌・鉄(下)第12章」にいくつか例が示されるが、たとえば、「believe」=「bee」+「leaf」=「:bee:」+「:leaves:」と表す。
少し前に流行った「本田△」のような言葉遊びは同音異義語法の典型的な例である。

しかしこの方法は象形文字組み合わせにも増して暗号的である。
こういったいきあたりばったりの文字仕様の拡張によって、特定の時代の古代文字は非常に難解なものとなってしまった。おそらく現場の書記係、当人たちがその問題に気付き苦しんだだろう。

だが、同音異義語法の発見は大きな意味がある。”音”に着目したという点で、次に来る革命的な発明へとつながったからだ。

表音文字

幾度の試行錯誤を経て、ついに人類は表音文字という画期的な発明を成し遂げる。話し言葉に使われる”発音”を基本単位に分割し、それを記号化する方法を発明したのだ。
その代表例はもちろんアルファベットだ。

アルファベットのなにがすごかったか?

誰でも簡単に理解できたことだ。
読み書きができない人は多くても、母国語の話し言葉が分からない人は滅多にいない。
英語の場合は、アルファベット26字の記号と発音のセット、そして、sh,gh,th,chなどの二重音字、cake,bake,riceなどeで終わるサイレントe、hour,honest,ghostなどサイレントh...などの例外を覚えればほとんどの英単語を読めるようになる。

多くの人が簡単に理解できるようになったことで、それまで専門家の職人芸だった”読み書き”という特殊能力が一般人に授けられた。しかも話言葉と遜色ない精密なニュアンスを書記で伝達可能になった。
粘土板や紙などの媒体は依然高価だったと思われるが、それでも望む人はその能力を駆使できる、という点は重要である。
おそらくどんな技術も同じことが言えると思うが、技術が専門家の手を離れるとき、想像もしない使われ方がなされ、爆発的に多様化する。当初は会計記録の専門技術だった文字を使って、人は論考したり人を笑わせたり感動させたりしている。

今の私たちからすると表音文字とは簡単すぎるソリューションにも思えるが、一切の固定観念を持たない先史の人々は自分が喋っている言葉が発音の基本単位に分割できるとか、分割したものを記号化して記録できるとか夢にも思わなかったのだろう。しかしちゃんと答えは用意されていた。

ヒエログリフや漢字にも表音用途に使われる文字はある。表音というテクニックを知ったにもかかわらずそれを取り入れなかった(文字を持つ)文明はおそらく無い。

プログラミングの現在

文字の歴史は多くのメッセージを含んでいるように思う。

なぜIT革命が予想外の進展を見せたのかと言えば、ソフトウェアとハードウェアが切り離され、プログラミング言語によって記述されたプログラムをハードウェア上で実行するというアーキテクチャがあったからだ。これによってコンピュータの製造者だけでなく利用者がプログラミングによってソフトウェアを製造することができた。
表音文字の成功がそうであったように、IT革命の成功も一般人も開発に参加可能な仕組みにできたことが何よりも重要だ。インターネットによってその潮流は増幅された。

とは言え、現在はまだプログラミングは専門家の職人芸という側面が強い。プログラマになるのに資格は不要だが、暗号めいたコードを読解する能力は職人芸に近い。古代文字の難解さに(おそらく)苦しんだ書記係と同じように、現代のIT業界もプログラマはコードを読解するのに多くの時間を費やす。

安全で安定して高速に高機能なアプリケーションを利用したいというニーズが拡がっていることとも関係している。プログラミング手法も進化しているが、それに勝るスピードで要求が拡大している。ちょうど官僚からの記録の要請によって古代の文字仕様が一時の混乱を来たしたように、現代でもクライアント要求を満たすために難解極まりないITシステムが生まれてしまう。

プログラミング言語はまだまだ黎明期であり、発展途上だと思う。
実際、「Aという命令を記述するのにBという言語は向いていない、Cというアイデアを持った新しい言語が必要だ」という提案が世界中でいくつもなされている。
人類が表音文字を獲得したときのように、最適解に少しずつ近づいているのだろう。
オブジェクト指向というパラダイムが生まれ、プログラムを知覚可能なモノとして表現するようになったし、関数型というパラダイムが生まれ、プログラムは数学と融合しようとしている。

プログラミングが本当の意味で専門家の手を離れるときが来ることを想像すると、わくわくしないだろうか?それはおそらくヒトとコンピュータが共生、協調する未来となる。

jp.techcrunch.com

先日、世界でも最も普及したプログラミング言語の1つC言語の生みの親、デニス・リッチー氏が亡くなった。

ボブ・ディランの名を知っている人は多くても、デニス・リッチーを知る人は少ない。本物の変革は知らない間に私たちの生活を変えていく。文字を伝承し、発展させた人たちもはじめは会計係であった。当時の世間的にも全く注目に値しない職業だったに違いない。

 

 

 

 

 

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

 

大型肉食動物の家畜化に成功した唯一の例?

前回肉食動物の家畜化はほとんど不可能という内容のブログを書いたが、例外がある。

metheglin.hatenablog.com

おそらく人類史上初、大型肉食動物家畜化を成功?させたのは日本だ。
その動物とは、クロマグロである。
かの有名な近畿大学が世界初の完全養殖に成功した。近大マグロである。

魚類は小型のものでもプランクトンやオキアミをエサとするので、草食か肉食かと言われれば肉食なので陸上肉食動物と比較すれば家畜化養殖化の難易度は低いと思う。実際に小型中型魚類では以前から養殖に成功した例がいくつかあったが、マグロなどの大型魚類は海の食物連鎖頂点に君臨するという意味で、陸上の大型肉食動物を家畜化するに近い難しさがあった。

 

魚が食べられなくなる日 (小学館新書)

魚が食べられなくなる日 (小学館新書)

 

漁業は狩猟採集業

日本の漁獲量は近年急激に減少している。
その主たる要因は、「魚が食べられなくなる日」によると、乱獲による日本周辺の海産資源の減少だと言う。現在は日本が消費する海産物のかなり割合を輸入に依存している。
1億を超える人口の魚食文化を維持するには大きな環境の負担があったということだ。
考えてみれば、漁業とは狩猟採集である。あくまでも人間のコントロール化にない、自然の恵みを授かっている。無計画に収穫を続ければ、海といえども持続可能性はなくなる。焼畑農業が環境に深刻なダメージを与えてしまうのと同じで。

天然資源に大きく依存するクロマグロ養殖

漁業が狩猟採集であるという視点で考えると、完全養殖に成功したクロマグロなどの魚類が”完全に”人間のコントロール下にあるか、と言えばそれはあやしい。
なぜなら、マグロのエサの原資は”漁獲された”小型魚類だからである。
(完全養殖の意味することは、卵を孵化させて成魚まで育てること。以前はそこまで達成できず、稚魚をつかまえてきて育てることを養殖と言っていた。)

養殖クロマグロ1万トンを生産するために必要なサバの稚魚は15万トンだと言う。日本で漁獲されるサバの1/3にものぼる。
近年は克服されたようだが、以前は生き餌でなければいけないという制約もあったようだ*1
畜産の牛はエサの原資となる穀物も人間のコントロール下で生産できる一方、クロマグロの場合現状そうはいかないということだ。養殖の大きな割合をマグロのエサとなるサバ、つまり天然資源に依存している。

エネルギー効率の壁を超えられるか?

これは同時に、前回ブログで書いたようにマグロ養殖のエネルギー効率が悪いことも意味する。収穫されたサバを直接食べた方が、収穫したサバを養殖マグロに与えてそのマグロを食べるよりはるかに効率的である。

養殖クロマグロの引き続きの課題はコスト削減である*2
マグロ養殖研究の当初の目的は安定供給実現だったはずなので、天然資源にほとんど依存せず低コストで養殖可能なシステムを構築できるかは興味深い。牛の大規模畜産に穀物の大規模栽培が必要となるように、大型魚類の大規模養殖にはプランクトンの養殖技術が必要になるのではないかという気がしている。